Sunday, April 13, 2014

pacific-indigo:

Red Fox Shiba

Thursday, February 27, 2014
humorous-blog:

▒

知っておきたい世界のネットの笑い方
日本 www
アメリカ lol
スペイン mdr
フランス mdr ptdr
スウェーデン asg
ドイツ ggg
デンマーク ggg
アフガニスタン mkm
タイ 555
中国 哈哈哈
韓国 kkk
フィリピン Jejeje
————————————————————————-


lol→Laugh Out Loud(大笑い)
mdr→multe da ridoj(とても笑う)
mdr→mort de rire(死ぬほど笑う)
ptdr→pété de rire(死ぬほど笑う)
asg→asgarv(大爆笑)
ggg→gはgrinsen(笑顔)の頭文字
mkm→ma khanda mikonom(私は笑っている)
555→タイ語では「5」を「Ha」と読むため
哈哈哈→「ハハハ」と読むため
kkk→「ククク…」という笑い声を表現しているよう。ハングル表記だと「ㅋㅋㅋ(kkk)」となります
Jejeje→「J」を「H」と発音するのでハハハに近いそうです

いじょうです〜

Twitter / kamo1023 (via maido3)

(Source: nishida.tv)

パスタを水に1時間以上浸しておく(何時間浸そうが伸びないので就寝前とかに浸してもOK)

1分で茹で上がる


ずっと半信半疑でしたがむしろ普通に茹でるより美味く茹で上がりました
話題のパスタ水漬けやったらマジで成功してワロタwwww - ゴールデンタイムズ (via gyouzalove)
Thursday, February 20, 2014
いつもと違う改札を降りて、気になってたコーヒー屋さんに寄って、知らない道をなんとなく歩いたらマンションの裏に出た。なんかイイ。 #latte #coffee (THE COFFEESHOP)

いつもと違う改札を降りて、気になってたコーヒー屋さんに寄って、知らない道をなんとなく歩いたらマンションの裏に出た。なんかイイ。 #latte #coffee (THE COFFEESHOP)

Tuesday, February 18, 2014

■離婚して1年して思うこと

25で結婚して、28でマンションを買い、30で別れた。
原因は物理的なすれ違いの末のセックスレス、よくあることだ。
1ヶ月が3ヶ月になり、3ヶ月が半年になり、半年が1年になり。
一度レスになるとキスもしなくなる、カラダに触れられなくなって、手もつなげなくなる。
何となくいけないんじゃないかと思いながらも、人間的には好きだし、忙しさを理由にして放っておいた。
スキンシップがなくなると、必然的に会話も減り、相手の考えていることがわからなくなった。
そうして3年くらいかけて、ゆっくりとゆっくりと他人に戻っていった。
そもそも子供が欲しくて、そのための経済的な基盤を整えるための期間に、皮肉にもレスになってしまった。
最後は同じ部屋にいる時の張り詰めた空気が苦痛になり、別居した。
相手がどんな金持ちだろうが、貧乏だろうが、美人だろうがブサメンだろうが、
誰と結婚しても意識を変えなかったらきっと同じだ。
5年間仲がよかったから6年目も仲がいいとは限らない。
どんな小さなことでも声をかけてみる、好きだと伝える、手をつなぐ、セックスをする。
選択肢の多い時代だから「自分が」夫婦であろうと努力をしなければ
誰と恋に落ちても同じ結末が待っている。

離婚して1年して思うこと (via muhuhu)
最近なんかこう変な話なんだけど、橋下さんとかブラック企業の社長さんの物言いとか見てると、「やっぱ苦労して成功した人は信用しちゃいけないな」って思わされちゃうよなあ。本当変な話なんだが。

やっぱりさんまさんと糸井さんが「苦労は売ってでも止めろ」「苦労も努力もさっさと辞書から消したら良い」って言ってたのは正しかったなw

Twitter / @houtou_trip20

昔、関西の番組にゲストで石倉三郎が出たときに、インタビュアーのアナウンサーが、石倉三郎に「若い内の苦労は買ってでもしろ」って言わせたがって、延々とそういう話しに誘導していたんだけど、石倉は「若いうちに苦労なんてしたらダメ、人間が小さくなるだけです。」と全く相手にしてなかったのを思い出した。

(via toronei)

happywingarigaminからリブログしました

(via tataraseitetsu)

Friday, February 7, 2014

さびしさなんてどうせちょっとうれしいことがあれば蒸発してしまう揮発性の感情で、それをわざわざ恨みとか自己嫌悪なんかのめんどくさいものに加工する必要はない。

今でもときどきさびしさの波のようなものは訪れるけど、別におそれるようなものではなくて、そういうときもあるわね、というぐらいで、おおむね楽しくやれています。

なりたかった状態に自分を持っていけたことは、うれしかったし、安心した。

それで今になって思うのは、かつてさびしさに無縁で幸福そうに見えたあの人たちにも、きっとさびしさの波は訪れていたのだろうということです。

決して、わたしだけがさびしかったわけではないのだと。

ただ、彼らはさびしさを正しく運用していただけなんだ。

それだけのことなんだ。

大人なんてさびしくて当たり前で、でもそれはただ優しさを指向する力で、だれのせいでもなくて、みじめに感じることもなくて、その力にさからわずに、惹かれるままに、自分のさがしているものを見つければいい。

会いたい人には会いたいといって、いきたいところには素直にとびこんで、泣きたいときには思いっきり泣いて、さびしさでいろんなものとつながっていけばいい。

わたしはこれからもきっとさびしい。

でもそれでいい。

さびしさの運用について - Mellow My Mind (via yuiseki)